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私たち「青柳堂」について
青柳堂の歴史は、文政二年(1819年)、名古屋・栄の地で筆作りから始まりました。
当時の江戸では鶴屋南北の芝居や葛飾北斎の浮世絵が花開き、文化が大きく動いていた時代です。尾張藩でも改革や倹約令が進められ、人びとの暮らしや学びの形が変わろうとしていました。
その頃の筆記具といえば毛筆。西の「固め筆」、東の「さばき筆」と、地域ごとに特色がありました。青柳堂は江戸で磨かれた「さばき筆」の技を名古屋に持ち帰り、地元で新たな筆づくりを始めたのです。
「固め筆」が筆先を崩して用いるのに対し、「さばき筆」は軸元まで墨を含ませて軽やかに運ぶのが特徴。文字や線の表情に大きな違いをもたらしました。その筆を手にした人々が、時代を超えて書を楽しみ、伝えてきた。青柳堂のものづくりの根は、そこにあります。
そして筆そのものの歴史をたどれば、古代中国の蒙恬将軍が発明したと伝えられる紀元前の時代にまで遡ります。日本には漢字とともに毛筆が伝わり、奈良・平安の宮廷文化の中で和様の書が芽生えました。鎌倉・室町には禅僧や公家が、江戸時代には庶民に至るまで広く毛筆を用い、文字だけでなく精神や美意識をも表す道具となりました。
その流れの中で、地域ごとに毛の選び方、軸の工夫、仕立ての妙が磨かれていきました。奈良筆、熊野筆と並び、名古屋でも参勤交代を通じて江戸の技術が入り、尾張独自の筆文化が育っていきます。青柳堂はまさにその只中に生まれ、筆を造ることから書文化を支える歩みを始めたのです。